Access

ITJapan Co.,Ltd. CEO Tadanobu Kinoshita

2004/02/08 10:08 - www.itj.jp

Microsoft Access(マイクロソフト アクセス)というソフトウェアをご存じだろうか。いわゆるデータベースがらみのソフトを作成できる開発者用のソフトで、マイクロソフトの代表的なソフトウェアである「Office」の中でも一際異彩を放っているソフトである。 他社のOffice代替え的なソフトは数あれど、Accessのポジションに当たるものは出てきていない。大抵の人はワードとエクセル(それと今はパワーポイントか)まで意外とすんなり出来て、アクセスは何か難しそう…という感じでOfficeライフを終えるのだろう。 これほど習得する事に関して個人差のあるソフトというのも珍しいのではないだろうか。

私の最初の開発案件(で使用したソフト)は、このアクセスだった。それまで私は小・中学生の頃にかじったBasicやアセンブラ、C言語しか触った事がなかったので、このヴィジュアルライクな開発環境は、はっきり言って訳が分からなかった。「どうやって円描くの?」という感じだった。「プログラミングできます」というふれこみで入社したため(しかも自信があった)、はっきり言ってここまで分からないものが出てくるのは予想外だったので、大ピンチだった。最初の案件がCobolとかだったら 、今頃別の人生だったかもしれないけれども。

無我夢中の1年が過ぎて、少しはマシにアクセスが扱えるようになってきた。SQLServerも6.5の時はよく分からなかったが、7.0になった途端とても分かりやすくなっていたので、アクセスでの開発はほとんど必ずと言って良いほどSQLServerを組み合わせて行うようになった。フレームリレーの64kで5拠点を接続したりといった時代の匂いのする案件や、IP-VPNを使って何拠点かを接続したり…というような案件でも好んでアクセスを使った。人はC++やVisualBasic、Javaを使った方が良いと言う。ただもちろん僕もそれらで開発はしたり、良いところも知っているつもりだ。ものによってはアクセスを使うよりそれらを使った方が良いだろう(特に大規模と呼ばれる安定性が何より重視されるような案件では)。

今から言う説は一般的ではないかもしれないが、思うに開発者にとって、アクセスが他の統合開発ソフトと決定的に違うのは「レポート」機能だという気がする。日本は紙社会だ。実際に紙の方が便利な場面はまだまだ多い。ペーパーレスの時代は来ないかもしれない。アクセスを使い始めた当初は、クエリー機能やフォームデザイン、ビハインドのコードやモジュールをすごいと思ったが、見渡せば他のソフトでも当たり前の世界だ。だけど「レポート」は違う。アクセスを手放せない理由は多分この部分が大きい。最新のVisualStudio.NETにしてもそうだが、やはり帳票の部分をクリスタルレポートで…というのと、アクセスのレポートでというのは精神的な負担がだいぶ違う。次の次のバージョンぐらいで、クリスタルレポートの機能がアクセス並みになれば、僕もさっさと全てC#に移行すると思うのだが、現状はアクセスのレポート機能が使い勝手が良すぎて、手放す気になれない。

翻って、ソフトを使用するユーザー側から見てみよう。結局の所、ユーザーにとってはどういうソフトで開発されたかなんて本当にどうでも良い事だ。最終的には自分が操作する事になる画面が使いやすいか、エラーが起きないかというそれだけで全てを判断する。エラーというのは開発者の間では絶対に起きるものという認知だが、お客さんの視点で見た場合、やはり問題外であり、あったらあったで全精力を傾けて対処に努めなければならない。それに対して「操作性」という部分は、お客さんも文句をつけづらい部分であり、開発者も対処しづらい問題である。

「操作性」…ユーザーインターフェイスや画面デザインの優れているソフトウェアというのは、ただそれだけで「二重丸」のソフトウェアだ。説明書を全く読まずにいきなり操作できるソフトウェアは理想的だ(マニュアル作らなくていいし…)。最近語られる事も多くなってきたが、これからの時代、データの読み書きが速いとか、エラーが出ないとかはライブラリやテンプレートの充実によりある意味当たり前の基準になる。あとはいかに優れた操作性を提供するかだ。今の時代のソフトウェア開発者は、この手の話題を嫌う。なぜなら使い手(ユーザー)の事を想像する能力に欠けている人が多いからだ。結果、操作性や画面デザインは後回しになり、誰が見ても美しくない画面ができあがり、それは同時にユーザーの入力ミスや操作ミスを招き、気づいたらお客さんの所で「またかよ…」と冷ややかな目で見られながらソフトをタダで手直しするはめになっている。

優れたものを作るにあたっての基本は「美しいこと」だ。ソフトウェアも例外ではない。キレイで操作しやすいソフトウェアにこそ価値がある。人はみな十人十色で、当然美しいという基準は違う。違うけれど、きちんと作り込まれた「もの」には、少なくとも10人中9人には「美しい」と言わせるオーラがある。

だから現在、日本でどれほどこういった開発が行われているか分からないけれど、言える事は、開発するにあたって初期にやるべき事は、ユーザーが使用する画面のレイアウトだ。だが9割9分9厘のSE、PGがこの考え方には反対するはずだ。ただ、お役所やその他一部の銀行に置かれているようなホンモノのシステムは、間違いなく画面レイアウトを早い段階で決めてから制作に入っている。
日本はおそらくこのまま「仕様決定」→「プログラム設計&データベース設計」→「制作開始」という流れで開発は進んでいくだろう。画面レイアウトやユーザーインターフェイスはおざなりのまま、各プログラマが適当にコントロールを配置していくだろう。そしてバグの出ないシステムを作り上げる事に奔走するだろう。それはプロを名乗るプログラマーとしては、例えその人がこの世の全ての言語とツールを使いこなす人であれ、あまりに低い目標設定であり、真の顧客満足を目指すのであれば、まず画面レイアウトというのは外せなくなってくるはずなのだ。しかも画面レイアウトさえきちんとしていれば、プログラムやデータベースの設計は当初予定していたものより簡単になる傾向まである。

どんなツールを使おうとユーザーにとっては大した問題ではない。アクセスがレポートとともにもう一つ優れた点は、統合開発環境で開発期間が少なくてすむ分、画面レイアウトやユーザーインターフェイスに時間をかけられるという点だろう。
今回の話が頷ける人が今の日本に果たしてどれだけいるだろうか。