ウォルト・ディズニーの国

ITJapan Co.,Ltd. CEO Tadanobu Kinoshita

2006/07/11 08:38 - www.itj.jp

前回、「トップは他と違う事をしている のでは」という話を書いた際に、ディズニーランドについてふれた。その機会にウォルト・ディズニーについて色々と調べてみたのだが、それはとても興味深かった。

とりわけ彼が語った言葉には共感する所が多い。

『僕は、アニメーションに自信をなくしていた。この世界に入るのが遅過ぎたと思った』

『僕はたまたま好奇心の強い人間で、気に入らない物を見ると、どうしてこんなふうにしなければならないのか、どうしたら改善できるのかを考え始めるんだ。 不可能なことをやるのは楽しいものだ』

『クリスマスの人出がいくら多くたってそれで満足しちゃダメだよ。お客さんに対してはいつもおまけを与えてあげるんだ 』

『僕は子供のためにも批評家のためにも映画を作ったことはない。ディズニーランドは、子供たちだけのものじゃない。僕は相手に合わせてレベルを落としたりはしない 』

最初の言葉は、私も起業した時に思ったし、外からもたくさん言われた。もっと早く始めれば良かったと。何か物事を始めた時に、誰しもが一度は思うのではないだろうか。 「遅かったのでは」と。

でも次の言葉でそれは間違いだと分かる。
パソコン上で何かソフトを使う度に、「なぜ?」と思う。なぜこんな仕様に?と。それを自分ならどう改善するかを考える。そしてそれをたくさんの人が使うシーンを想像する。それは何ものにも代え難いほど楽しい作業だ。 そして物事はなんでも、そうした熱中から生まれる。物事を始めるのに遅すぎたとかはないのだろう。どんな時代でも、そうした熱の中から新しいものが生まれる。

次のクリスマスの言葉は、ディズニーランドで働く人々には当たり前の事なのだろう。でも、それがなかなか出来ないのだ、この世の中では。 「クリスマスにディズニーランドに居るだけでみんな満足だから、おまけなど与える必要はない」…これが、大半の人の意見だろう(つくづく、一般人とトップの意識レベルのなんとかけ離れていることか!)。

そして最後の言葉。

以前、私は「任天堂のゲームは子供向けではなく、大人でも十分に楽しめる。それは、ものづくりにおいては一番重要かつ難しい事で、任天堂は常に一番難しい部分に挑戦している開拓者だ」と述べた。

単純に、「大人向け」のものの方が作り易い。子供にも楽しめるものを作るのは、実は意外と難しいのだ。

ディズニーランドはみるからに子供向けの世界だ(遊園地だし)。だが大人でも十分に楽しめる。ウォルト・ディズニーは無意識に、何かを作る時には「子供から大人まで」を対象に入れる事が出来る才能があったのだろう。子供の目線で楽しい要素をふんだんに取り入れていながら、「子供向けではない」と真面目に言える。本人にとって、クリエイティブな作業をする時に任天堂と同じような考え方で取り組むのは当たり前の事だったのだろう。だが世間はとりあえず分かり易い指標が必要だから、「子供向けテーマパーク」となる。

彼がディズニーランドをつくった事に、心から敬意を表したい。話によれば、ディズニーランド制作前には妻にも親戚にも見放されたそうだ。それでもやり遂げている。

一つの大きな「熱」-それは集中力とでも言い換えられるだろうか-が、もしかしたら既に入るのが遅かったかもしれない世界に飛び込み、状況を一変させた。
学生時代や恋愛、就職、結婚と、何でもそうかもしれないが、「頭で」冷静に考えだしたら、もう駄目なのかもしれない。理性を吹き飛ばすぐらい熱中できる事が、物事の成功の要因と考えて間違いないような気がする。